「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、天理高等学校男子ホッケー部監督の松尾佳彦さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2026年8月 インタビュアー:松場俊夫)
▷ まず松尾さんが指導者になられたきっかけについてお伺いしたいのですが。
私が高校の頃、ホッケーを続けている中で、このホッケーというスポーツは競技人口が少ないですしプロのチームもないので、競技生活は大学で終わりかなとどこかで感じていました。大学卒業後は、それまでホッケーばかりやってきたために何をしていいかわからない、世の中のこともわからない状況だったので、身近な方のつてでトレーナーの道に進みました。
そこでウェイトの指導や筋力測定などを行っていましたが、もっと選手と深く関わりたいと感じるようになりました。しかし会社の経営方針的には、一人の選手やチームに深く関わるより、とりあえず測定やフィードバックをいくつもこなしていく方を求められていたので、私の中では違和感が膨らみ続けました。
そんな折、母校の天理高校に顔を出したところ、恩師から「天理に帰ってきてコーチをしないか」と声をかけていただきました。その時は、そんなに乗り気ではなかったのですが、何度かお話をいただき、まず空いた時間から関わらせていただくことになりました。その後、トレーナーの仕事は一区切りさせていただき、地元の奈良に戻ってアルバイトをしながら、まずは非常勤講師から始めることになりました。
コーチになった初年度の子たちが、夏の近畿大会、インターハイ、国体においてとんとん拍子で優勝しました。そのような好機にも恵まれたこと、また、恩師の退職のタイミングなどが重なって、ホッケー部の指導を恩師から継がせていただくことになりました。本当に運が良かったと思います。
初めは天理高校の定時制で講師をさせていただき、3年後に体育の教員として全日制に戻り、3年間は前の監督と一緒にホッケー部の指導をさせていただきました。
▷ 初めはどのような指導者を目指されましたか?
最初はひたすら必死でしたね。まだ若かったですし、自分がやってきたことを基にエネルギッシュにやっていました。前の監督さんは36年で17回も優勝した名監督さんでしたが、当時は特にプレッシャーは感じませんでした。懐の大きな方で、口を出すこともなく、指導方法もそれ以外のことも自分の好きなようにさせていただいていました。私はとても恵まれていたと思います。
▷ その後、指導していかれる中で、指導・コーチングのスタイルに変化はありましたか?
昔の生徒たちには丸くなったと言われます。「以前は怖かった。厳しかった。よく走らされた。でも今はなんか優しいですね」と。私の年齢のせいかもしれませんが、確かに以前はこうしなさいと細かく指導していました。でも今はどちらかというと、選手が主体性を持って、自身の失敗や成功などの経験を活かしながら指導していくスタイルになってきたように思います。
指導が変わるきっかけになったのは、2009年の奈良インターハイです。お話しした通り、私自身もトレーナーとして活動しウェイトトレーニングを推奨していましたが、ウェイトトレーニングをしても成果が上がらない選手がいたり、体格は良くなっても怪我が絶えなかったりとトレーニングに行き詰まりを感じていました。そんな時、現在もチームトレーナーをしていただいている筒井崇之先生に相談したことがきっかけで、BCトータルバランスシステムを提唱されているキネティックフォーラムさんと出会いました。
BCトータルバランスシステムとは、自然と調和し無駄を省き、自身の持っている力を最大限発揮できる心身を作っていくためのメソッドです。私が今まで学んできたことや、実践してきたこととは真逆の考え方で、最初は全く頭も体も付いていかず、選手も私も頭の中が?だらけだったことをよく覚えています。しかし、キネティックフォーラムの先生方が懇切丁寧に指導してくださったおかげで、少しずつ心と体が変わっていったと思います。
▷ 天理高校にはホッケーの強豪としてのブランドがありますが、不動の軸があるとすればそれは何だと思いますか?
前監督からは、「依頼された練習試合は絶対断るな」「3つの心を大事にしろ」と教わりました。「練習試合は断るな」は、天理高校ホッケー部がまだ弱くて全国大会に出てもなかなか勝てなかった時分に、ある強豪校の監督さんが助けてくださったことがあったからです。「弱い天理の相手をしてくれたお陰で今の天理がある。僕らはそうやって育ててもらったのだから、どんなチームが練習試合をお願いしてきても絶対断ってはいけない」と教わり、現在も依頼があれば断ることなく、天理にお越しいただいています。3つの心とは、「感謝の心」「挑戦する心」「諦めない心」です。その気持ちは常に持っています。
当時、弱い天理と練習試合をしてくださったのは、富山県の石動(いするぎ)高校さんです。当時の監督の飛田さんはホッケー経験者ではありませんでしたが、熱心に情熱をもって指導されていたと伺っています。また、目の前の勝利だけでなく、その先のホッケー界のことまで考えておられたのではないかと思います。
私たちも指導者としてコーチとして、目前の勝利だけでなく、長期的な視野と本質を見つめながら、先輩から引き継いだバトンを次世代に繋いでいかなくてはなりません。
▷ 新たな生徒、選手が入ってきた時に、意識して伝えていることはありますか?
特にこれということはありません。ホッケーが好きなら大丈夫です。勧誘の時にも、上手い下手関係なしに好きであれば絶対にやれるという話はします。そのかわり「好きなことは人に負けたらだめだ」と言います。
自分が好きなことを精一杯できる、精一杯やれるというのは、好きだからこそです。他のチームと試合をしたり、仲間と切磋琢磨すれば、絶対に「くそっ!」と思うことがあるでしょう。すべてが楽しい、嬉しいわけではなく、悔しい思い、辛い思いの方が多いはずです。そんな時に「やっぱり自分はホッケーが好きなのだ」と思ってもらえれば、辛い苦しい壁を乗り越えられると思います。
▷ 悔しい、辛い思いをして落ち込んでいる選手にはどのような声がけをなさるんですか?
私は結構厳しく言います。「悔しかったら練習しろ。泣いている暇はないぞ」と負けたその場でもはっきり言います。入ったばかりの1年生は「なんてことを言うんだ。情もないのか」と思うかもしれませんが、やはり自分が好きで始めた競技ですからね。なんとか上手くなりたいと思ってこの天理高校に来たわけですから、今は結果が出なくても、ここで挫けるのではなくもっと強くなりたい、だから練習するしかないのだと思ってほしいです。負けも財産の一つです。
▷ ホッケーの技術指導と人間教育のバランスについてはどのようにお考えですか?
結局、私たちが幼い頃から教えてもらってきたことが大切なのだと思います。片付けをしなさいとか、挨拶をしなさいとか、ゴミを拾いなさいとか、母親や父親から言われること、家庭での教育や幼稚園での指導といったものが基本です。それは絶対間違いではないと思います。
誰かに感謝してもらいたいとか、褒められたいとか、そういうことではなく、それが自然にできる人であってほしい。私たちの後ろには天理教があるので、普段神様から生かされていただいていること、御守護いただいていること、ここに生があるということに対しての感謝。生徒にはそうしたことを常に話すようにしていますし、一緒にゴミを拾ったりもします。
▷ チームのキャプテンやリーダーを選ぶ時に、基準にされていることはありますか?
昔はしっかりした子を選んでいましたが、ある時、周りの選手が「キャプテンだから」というような見方をしていることに違和感を持ちました。ここで言う「キャプテンだから」はネガティブ感が滲み出ている感じです。そこで、一番手のかかる子をキャプテンにしたことがあります。そういう子がキャプテンになると、周りは「こいつをどういう風に盛り立てようか」、「みんなでカバーしなければ」という思考になり、チームに主体性や協調性が生まれ、チームが強い結束力で一つになりました。
今は立候補制です。キャプテンは自ずと私と話をする機会が増えまずが、プレッシャーを感じることが増えるからこその役割、自らやってこその役割だと考えています。キャプテンはやりがいもありますが、辛いこともたくさんあります。そんなことを通してキャプテンは成長していきますよね。こちらも、気も神経もかなり遣いながら育てています。(中編に続く)
松尾佳彦さんプロフィール
1979年生まれ 奈良県出身
天理高等学校 教諭(体育科)/ホッケー部 部長兼男子部監督
<経歴>
1998年 天理高等学校 卒業
2002年 天理大学 卒業
2002年 学校法人履正社 履正科学体育研究所でトレーナーとして活動
2003年 奈良県公立高校 非常勤講師
2004年 天理高等学校第二部 常勤講師
2009年 天理高等学校ホッケー部監督就任
<主な実績・成果>
中学校の部活動でホッケーを始める。
中学校2年生の時に全国大会で優勝。
高校2年、大学1~3年時には各種大会で優勝を経験。
(自身が最高学年の時には優勝はできていない。)
指導者としてはインターハイや選抜大会、国体などで優勝や上位入賞を果たす。
卒業生から多数の日本代表選手を輩出。
現在はBCトータルバランスシステムを学びながら、自然体をテーマに世界で活躍できる人材育成に全力で取り組む。










