スポーツ指導者が学びあえる場

リレーインタビュー 第17回 豊田浩さん(後編)

――学生を指導する時、どのような点に留意していますか?

昔は方向づけをすれば、後は自分たちで考えて実践していましたが、最近は1から10まで指導しないと次のステップに進めないことがあります。

特に、高校時代の練習が厳しく練習時間も長い場合、もう続けたくないという学生も多いようです。一種の燃え尽き症候群ですね。これは残念なことです。一生続けられるようなシステムが必要だと感じます。

もちろん、試合があったからこそ空手はここまで普及しました。全員が試合に出て勝つために大変な努力をしているわけです。にもかかわらず試合に出られない学生が「どうせレギュラーになれなかったからもう空手はいいや」で終わってしまっていいのだろうか、という気持もあります。試合だけが空手なのか、こんなに鍛えたのにやめてしまっていいのか、他の「道」が空手にはあるはずなのに、という気持です。

 確かに、目前の試合に勝つことと成長することの両立は難しいと思います。指導者の立場としては、やはり勝つことに集中して勝負しないと勝てるわけがありません。ですが、勝とうと努力すること、悩むことは結果として学生たちの成長につながります。卒業する時にそのことが初めてわかるのではないでしょうか。

勝利に邁進するためにいかに努力するか、大学の授業など様々なこともある中で、勝つためには自分をマネジメントしなければなりません。指導者として「今これをすれば成長できるぞ」と言うのではなく、練習の方法はこちらで考えますが、「あとは自分で考えることだ」という指導をすることが学生たちを成長させるのだと思います。自分で考えなければ勝てません。こちらも考えなくてもわかるような指導はしたくありません。これは先輩に「甘い」と言われても譲れませんでした。

さらに、極端に「強ければいい」という考えに陥らないように方向づけするのも指導者なのだと思います。「強いものだけ指導する」という指導者もいるかもしれませんが、それでは他の学生が壊れてしまいます。慶應の場合、4年生の一番最後の試合が早慶戦になっています。通常の団体戦は5人なのですが、15人が出場する総力戦です。最後の最後、この試合に出るんだ、という目標が学生にできるわけです。そうした仕組みをいかにデザインしていくかも指導者の仕事だと思います。

――現在は子供から高齢者までご指導されていますが、その際に大事にしていることは何でしょうか。

限られた時間でどのようにエッセンスを出すか、海外であれば、日本から来た指導者としてどのようなものを教えるかに留意します。私はプロの指導者ではありませんから、自分の持ち時間にどれだけインパクトを与える指導ができるか、ということに力を注ぎます。

こちらの内面が薄いとすぐにわかってしまいますので、引き出しの多さが必要になります。特に海外の黒帯の方は試合以外のものを求めて来ることが多いです。そのような方々には試合では使えないがこんな技もあるのだと指導します。子供たちを指導する時は、どうしても集中力に欠けるので、いかにこちらに気持を引き寄せるかがなかなか大変です。そんな時、瞬時に対応できるのは、これまでのさまざまな経験、多くの引き出しを持っていることが生きて来るのではないかと思っています。

――指導していて一番困った事、辛かった事は何でしたか?

ある代にうまくいったやり方を、別の代でやっても受け入られないことがありました。その場合はやり方を組み立て直さなければなりません。逆に、同じやり方が受け入れられる代はあまり強くないことが多く、とんがった学生たちの方が強くなります。そうした学生とどのような対話をするのか、指導者は学び続けなければなりません。

ある代に、かなり突っ掛かってくるキャプテンがいたのですが、とにかく対話を続けました。当時、道場が建て直し中で、いろいろな道場を渡り歩くという逆境の中、逆に密度の濃い練習ができ、かなりやりあっていたらお互い噛み合ってきました。結果、関東大会で強豪校を破ってベスト4に入りました。意識をしなくてもみんな切羽詰まっていたことがよかったのかもしれませんが、ピンチをチャンスに変えたような感じでしたね。

学生と対話をする時には、まず聞いてあげることを心がけています。彼らはまず「監督、これはどういうことですか」「選手をつぶす気ですか」といった文句を言ってきますが、何を言いたいのかをじっくり聞いてから、一つ一つかみ砕いて溶かしていくようにしています。

自分が学生の時も監督が話をよく聞いてくれて、思えばそこがスタートでしたね。あの経験は本当に目から鱗でした。それまでは「我が校には慶應義塾の伝統がある。だからキャプテンはこうあるべき」と言われていたのですが、その監督は「おまえはこのチームをどうしたいのか?」と聞いてくれました。私が「慶應義塾の…」と言ったところ「何を言ってるんだ。そんなもの壊してしまえ」と言うのです。本心ではないと思いますが、こういうこともあるのだと気持ちが楽になりました。それまで監督に対して構えていたのですが、「この人だったら」と考えていることを何でも話せるようになりました。同時に自分で考えるようにもなりました。そして、練習方法も選手のオーダーも、選考方法も試合の采配も、全部任せてもらうようになったのです。

――今後の日本の空手の課題は何でしょうか。

せっかくオリンピックへの扉を開いたのですから、まずはオリンピック競技として継続させることです。

空手の場合は競技の面で柔道に学んでオリンピックを目指しました。ですから、一時、タックル柔道のようになった柔道が段々本来の形に戻ってきているように、日本の空手はすごい、これが本来の空手の姿だ、という姿にもっていかないと誤った姿になってしまうと思います。世界中に広がりながらも日本の軸を残した競技性を持つことが必要ですし、実は競技以外にもこのようなものがあるということを示すことが大事だと思います。

例えば、空手の競技の一つ「形(かた)」は、いわば決められた所作の中でのシャドウボクシングです。その中には鍛錬もあるし技もあるし攻防もあり、一人でできるものです。それを学ぶことで対人の技術が得られるので、ある程度形ができたら対人の練習をします。基本、形、組手が空手の基本です。昔の技術体系では、形を知ることが組手につながっていたのですが、今の競技ではまったく別のものになっています。

形は絶対的な練習量がそのまま出て来ますし、その人の性格も調子も気持ちもすべて出て来るものですが、現在の競技はオーバーアクション気味で見せるものになって来ている気がします。とはいえ、そうでないと勝てない面があるのも実情です。

現在、海外の選手の実力はアップし、形も組手も日本の選手が負けることも多々あります。海外の形はパワー型、日本の形は「切れ」と「練り」と言われてきましたが、海外の選手もパワーに加えて、「切れ」と「練り」を覚えてきたので日本にとって厳しい状況です。世界が接戦の様相の中、勝つためには空手本来の姿から離れて行く必要が出て来ることもあります。フィギュアスケートが3回転より4回転になっていくように、新しい形をどのタイミングでどれだけ演じられるかが次の切り札になってきます。流行の形から新しい形をいかにやるかによってぐっと採点に違いが出て来ることも多いです。ですから、空手が広まれば広まるほど、形も組手も、競技性を尊重しながら、本来の空手の姿が勝敗にも反映される様になる努力は常に必要になって来ると思います。

――最後に、指導者のみなさんにメッセージをお願いします。

指導者として選手を本気で育てたいと思う気持、人間として、自分が遠回りして歩んできたことを少しでも近道して成長してもらいたいと思うことが大切だと私は思っています。理想は、目標に向かって選手と共に創り上げていける指導者です。

ですから一人で悩むことなく、みんなで少しずつ知恵を出し合い、コーチングというものを深めていきたいと思います。人に出会うこと、人と話すことは刺激になりますし、ものすごくヒントになります。口の上手さではなく、気持ちをどう伝えるか、気持ちのキャッチボールができるかどうかが大切だと思います。(了)

(文:河崎美代子)

〇 豊田 浩(とよだ ひろし)さん プロフィール

昭和36年 東京生まれ。58歳。

昭和58年 慶應義塾大学を卒業。

三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)入社

平成27年 白百合学園中学高等学校 に出向ののち転籍(事務長)

現在 慶應義塾体育会空手部で昇段審査委員として指導、国際武道大学では非常勤講師として授業を受け持つかたわら、選手としても活躍中。

令和元年9月には、日本スポーツマスターズ岐阜大会組手4部で3位入賞、形2部5位入賞。

<資格>

(公財)全日本空手道連盟 錬士6段、地区組手審判員

(公財)日本スポーツ協会 空手道コーチ

<主な指導歴>

昭和58年~平成7年 慶應義塾体育会空手部コーチ、助監督、監督を務める。

平成5年~平成11年 神奈川県空手道連盟強化コーチ

〇 一般社団法人 三田空手会

https://www.keiokarate.com/mitakaratekai

〇 公益財団法人 全日本空手道連盟

https://www.jkf.ne.jp/