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【導入事例】コーチング研修_日本競輪選手養成所様

 日本競輪選手養成所の教官を対象にコーチング研修「選手の主体性を引き出すコーチング・コミュニケーション」を実施しました。2019年から始まった研修は、コーチングにおける『考え方』『関係性』『技術』から始まり、今回で4回目の実施となりました。
 今回は『傾聴』『質問』『承認』『フィードバック』などのスキルを中心に、コーチングのスキルを習得するプログラムでしたが、研修導入のきっかけから、教官の皆さんの変化まで、養成課の白石裕一さんにお伺いしました。

(2021年4月 インタビュアー:松場俊夫)

Q)研修導入のきっかけは何でしょうか?

 2019年に日本競輪学校から日本競輪選手養成所に改称し、規程や制度、カリキュラムの大きな改正を行いました。その中で、世界でも活躍できる、より強い選手を育成するという命題も出てきて、候補生の主体性をいかに引き出すかということが課題になりました。以前の競輪学校のときは、教官の指導の方法も指示や命令などのティーチングがメインでした。また、候補生も競輪選手の資格を取りに来ているだけで、この期間に強くなろうという意識はありませんでした。なぜなら、記録会のタイムも頑張らなくても普通にクリアできるものだったので、学科試験さえ頑張れば、ほとんど誰もが卒業して競輪選手になれるという場所になっていたからです。そのため、強いモチベーションと主体性をもった候補生の養成は困難な状態でした。そこで、卒業してデビューしたら、すぐに圧倒的なパフォーマンスで上位のクラスに昇進して活躍できる選手の輩出を目指しました。そのためには候補生が自ら夢やビジョンを考え、長期的な目標を立て、中期的・短期的には養成所でどうあるべきか、何を達成すべきか、そして、今足らないことは何で、何をやるべきかなど、自分で考える力を養うためにコーチングが必要だということになりました。

Q)指導方針の変更に対する抵抗はありませんでしたか?

 この養成所にコーチングって必要なの?という意見はありました。競輪はスポーツと違い公営ギャンブルということもあり、アスリートとコーチという横の関係ではなく、あくまで候補生と教官という縦(上下)の関係にあります。しかも10カ月間という限られた時間しかないので、考えさせるのではなく、教え込むだけでいいのではないかという声もありました。しかし、2019年からのカリキュラム改正に伴い、松場さんにコーチングの研修をしていただき、みんなの心に響いたのは、「答えはその人の中にある」ということで、それは上から押さえつけた指導だと導き出せませんし、本人のモチベーションや行動につながらないという大きな気づきとなりました。その気づきによって、候補生の主体性を引き出すには、ティーチングだけでは限界があり、コーチングの必要性が理解できました。また、当初ティーチングはダメで、コーチングしかやってはいけないという誤解がありましたが、相手の発達段階によって使い分けるものだということも学べたので、今はティーチングとコーチングの使い分けの理解が進み、教官の意識はこの2年で大きく変化しました。

Q)教官の皆さんの変化はいかがでしょうか?

 今後の指導の仕方の話し合いの中でこんな話がありました。候補生にトレーニングの内容を伝えた際に、こちらは伝えたつもりでも伝わっていないことがありますが、今までは「いいか、わかったか!」と一方的に言っていました。そう言われれば、教官と強い縦の関係にあった候補生は深く考えることもせず、また、正しく理解できていなくても、当然「はい!」と答えてしまいます。そうではなく、これからは誰か一人の候補生を当てて、「今指示したことを、もう一回説明してくれる?」という問いを投げようということになりました。もう一つは、危ない走りをしたときは、みんなを巻き込んで大事故になる可能性があるので、厳しく言いましょうということなのですが、叱るだけで終わると、悪いことをすると叱られるという恐怖で縛りつけられるだけで、何が悪かったのかも気づかないまま過ぎていってしまいます。また、本人も考えなくなり、主体性にもつながりません。最初は叱るだけでいいのではという意見もありましたが、一旦そこは叱って、あとで担任が呼んでコーチング をしませんかという話になりました。「今日、ああなった原因は何だと思う?」と聞いた後、「じゃあ、どうすればいいと思う?」という解決策まで本人に考えてもらうようなスタイルを今年はとりましょうとなりました。これは私たちにとって、これまでの指導方法とは違う新しい領域に足を踏み入れた大きな一歩だと思います。