「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、ナショナルデモンストレーターの石水克友さんです。
石水さんは岐阜県のスキー場近くで生まれ育ち、スキーに明け暮れた少年時代を経て、大学卒業後、技術選手権大会に出場したことをきっかけにインストラクターとして歩み始めました。現在も年間300日以上スキーを履いて過ごすことがあるという、根っからのスキーヤーです。2024〜2025年度全日本スキー連盟のナショナルデモンストレーターに認定され、国内外で多くの生徒さんの指導を行なっています。「スキー以外の部分を輝かせるためにスキーをしているのかもしれない」と語る石水さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2026年2月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ 現在の活動について教えてください。
2022年に「株式会社アピシェジャパン」を立ち上げ、雪山やスキーに繋がる動線全般をサポートしています。メインの仕事はスキーのインストラクターですが、朴の木平スキー場で両親が経営してきたペンションを引き継ぎ、ホテル業にも従事しています。また、スキー場のレストラン運営やレンタル業も並行して行なっています。
会社名「アピシェ」は、実は娘が生まれて初めに喋った言葉なのです。「始まりは大切」という意味で、もし自分で会社を作るならそれを名前にしようと思っていました。
▷ スキーのインストラクターになろうと思ったきっかけは何ですか?
私は友達の家に行くよりもスキー場に行く方が近いという環境で育ちました。父もスキーのコーチで、マンツーマンで指導していました。子供の頃はスキー場がナイターをやっていたので、学校が終わってから夜までナイターで滑り、その後に宿題をやって寝る、というような生活を毎日していました。
そんな生活をしていたので、スキー以外の生活は考えられず、自然と「将来はスキー選手になる」と思うようになりましたが、中学くらいから大学までの間にはスキーが好きでなくなる時期もありました。アルペンをやっていてスラローム(回転)が得意でしたが、力を入れていなかったこともあってあまり成長しませんでした。滑走量は多かったのですけどね。高校も体育コースで体育の時間は全部部活になるので、お昼時から夜までずっと部活でスキーをやっていましたから。
確かに環境には恵まれていました。親も海外遠征に協力してくれて、夏はニュージーランド、秋はカナダやフランスに連れて行ってもらいました。海外遠征では実に雄大な山々に出会いました。氷河などで滑るので景色もスケールも日本とは全く違います。そのせいか、あえてやめようとも思わずにダラダラとスキーを続けていました。
そして大学を卒業する時、スポーツ系の会社を対象に就活をしていたのですが、昔うちのペンションに来ていた人が名古屋でスキーショップをやっていた関係で「うちに来ないか」と誘ってくれました。2年間、そのスキーショップで働いたのですが、スキーショップに勤めていると冬が一番忙しいわけです。なかなかスキーができないというフラストレーションがたまり始め、その頃から「自分はスキーがやりたいんだ」ということに気づきました。
大学1年生の頃からスキー技術選手権大会に挑戦するようになっていたのですが、その中でデモンストレーター、それもインストラクターの頂点のようなナショナルデモンストレーターにトライできることを知りました。日本代表のようなスキーヤーの方たちは滑りの幅が違いますし種類も豊富で、自分もやってみたいと思ったのです。デモンストレーターにはSAJ(全日本スキー連盟)のデモンストレーターとナショナルデモンストレーターがあり、SAJは県の管轄の代表、ナショナルは全日本管轄の代表です。私は初めての挑戦でSAJの方に合格しました。
その頃から、技術選手権大会に出ると私の知り合いの人たちが現場まで来て、熱心に応援してくれるようになりました。国体のような競技大会ですと、私が出場しても会場が遠いこともあってなかなか応援には来てくれないのですが、技術選手権大会ですとなぜか来てくれるのです。私が滑るとみんなが喜んでくれるのは嬉しかったですね。
そして、就職して2年ほど経った24,25歳ぐらいの時、インストラクターの道を歩み始めました。その頃ちょうど、ゲレンデに「ピスラボ」と呼ばれるプラスチックのマットを貼ってその上を滑るという、雪がなくてもできるスキー場、サマーゲレンデが岐阜の郡上市にできたので、夏はピスラボ、冬は雪の上でレッスンするのもいいなと思い、独立してインストラクター業を始めたというわけです。
とはいえ、SAJのデモンストレーターだからといってお客さんがたくさん来てくれるわけではなく、みなピスラボに興味を持ち「とりあえず一度滑ってみたい」という人が多く、週に4日はお客さんゼロの日が続きました。そこで、こちらから飛び込みで「レッスンしませんか」と営業をかけるようになり、やっとインストラクター業が軌道に乗ったという感じです。
一番多い時ですと一年に300日以上スキーブーツを履いてました。私が始めた頃は西日本で一番早くスキー場営業を始めようと頑張っていたので、10月ぐらいからスタートし、春になると5月半ばぐらいまで山形県の月山でレッスン、6月から10月まではピスラボで滑ります。つまりスキーブーツを履かないのは月山のレッスンが終わり、ピスラボが始まる5月末までの2、3週だけだったということです。

▷ 石水さんがそれほどまでにスキーを愛する理由は何だと思いますか?
もともと圧雪したバーンが好きだったのですが、最近になって新雪、パウダースノーの楽しさを知りました。そんなこともスキーの魅力の一つだと思います。スキーの板には中央が狭いサイドカーブという形状があって、エッジを雪面に立てると自然にターンする、それがカービングスキーの醍醐味だと思っていたのですが、パウダースノーを滑ると全然違う感覚で滑れることを発見したのです。きれいに整備されたグルーミングバーンでは遠心力を作り出す方法がいろいろあるのですが、パウダースノーに関しては雪の質や量、履いている板の太さも関係してきます。ちょっと物理的な説明になりますが、パウダースノーでは浮力×遠心力×エッジ角度で、内傾角が楽しめます。圧雪では速度×エッジ角度×遠心力で滑っていたのですが、浮力ももらえるなんて面白いなと思いました。(中編に続く)
(文:河崎美代子)
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/68-2/
◎石水克友さんプロフィール
1983年2月9日生まれ
岐阜県高山市出身
2024~2025年度ナショナルデモンストレーター
朴の木平スキークラブ所属。
スキー場まで400mという好立地に生まれ、
ほおのき平スキー場で3歳からスキーを始める。
小学校中学校の時期は、毎日ナイタートレーニングを欠かさず、
高校では同級生と切磋琢磨の日々を送る。
近畿大学へ進学し、在学中より技術選にチャレンジを始め今に至る。
技術選に出場する傍ら、夏はピスラボ、
冬は朴ノ木平でスキースクールを運営し
年間300日以上スキーを履き過ごす。




