「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、パラトライアスロンのコーチ菊池日出子さんです。
小学生の頃からトライアスロンを始め、大学ではオリンピックを目指しました。引退後はパラトライアスロンの視覚障がいクラスのガイドになり、東京パラリンピックやパリパラリンピックでもガイドや指導者として活動されています。パラの選手に出会って思ったこと、トライアスロンという競技の魅力など、菊池さんのお話を2回にわたってご紹介します。
(2025年6月 インタビュアー:松場俊夫)
東京パラリンピックまでは視覚障がいの選手のガイドとして出場、コーチも兼務し、パリパラリンピックに向けてはコーチを務めました。私たちのパラトライアスロンチームは長期の合宿で強化していく形をとっているので、今は合宿でパラを目指す選手のサポートやコーチングをさせてもらっています。ヘッドコーチは日本の方ですがフランス在住なので、国内では私が責任者になる場合もあります。
正直、コーチを志望していたわけではありませんでした。選手時代、引退後について明確に考えていたわけではなかったのですが、引退と同時にガイドとして誘ってもらいパラの選手たちと関わるようになりました。それがきっかけで、自分がお世話になったトライアスロン界に恩返しができると思い、流れでコーチになった形です。
ただ、もともと教員免許も取っていましたから、指導者は私の性に合っていると感じています。例えば、選手を観察できるところでしょうか。選手に言いたいことが色々あってもまず観察するようにしています。その上で、厳しいことを言わなければならない時には、厳しいことを言った分、選手が前向きになれるような声かけをしようと心がけています。
私自身、コーチにマンツーマンで指導を受けてきましたが、ありがたいことにそれが財産になっていると後で気づき、私も指導者になってトライアスロンを通じて人間力を伝えられる人になりたいと思いました。
こちらが選手にとってどんなに役立つことを伝えても、選手がアンテナをちゃんと張っていないと入っていきません。そのためには信頼感が必要なので、私の言葉を選手が受け入れられるよう信頼関係を作ることを大切にしています。
パラ選手の場合、先天性・後天性を問わず障がいの特性は異なります。新人選手には、こちらから積極的に心を開いて話しかけ、少しずつ信頼関係を築いていくようにしています。また、身体的な違いや困りごとに直面することもあるため、その選手が「どこまで自分でできるか」をよく見極め、スタッフ間で状況を丁寧に共有しながら、「どうサポートすれば選手の成長に繋がるのか」を一緒に考えています。
パラの選手と関わるまで障がいを持つ方に直接接することがほとんどなかったので、シンプルにすごいなと思いました。目が見えなくても一人暮らしして料理もしていたり。人間の能力は無限だと感じました。目指すべきところが高いところにありますので、普段はあまり本人たちを褒める言葉は少ないかもしれませんが、パラの選手たちの前向きさは本当にすごいと思っています。ですから私としては、選手たちにアスリートとして次のステップでやるべきことを伝えていきたい。パラの選手たちはそんな気持ちを私に持たせてくれました。
大学に入った時から7年ほど指導をしていただいた先生で、今もオリンピックの選手を育てていらっしゃいます。先生は話し出したら止まらなくなるのですが、話が面白く、同時に哲学を大事にする方でした。先生は陸上出身で、マラソンの小出義雄監督とも交流があったので、有森裕子さんの話もよく聞きました。毎日のように、朝の練習の前に30分の座学を受けたりもしました。
また、とても情熱的な先生で、とことん追い込んでやらせるタイプでした。私が先生に「自分はできると信じなさい」とよく言われたように、今度は私が選手に同じことを言ってあげたいです。
精神力です。「心技体」でなぜ心が一番最初なのかと先生に問われたことがありましたが、まず心があることが第一で、そこから技も生まれるし体力もつくのです。根性論のようになりますが、そこは誰がなんと言おうと譲れないところです。今はトレーニングの技術など様々な情報がすぐに手に入るので、知っていて当たり前の時代です。だからこそ、何をどのようにやるかの前に、心、精神力が大事だと思うのです。特にトライアスロンはきつい競技ですから。
実際、頭でっかちな選手が多く、失敗を恐れて、クレバーすぎる傾向があるようです。段階によっては、無茶な練習が必要な場面もあるのですが。情報過多は良くないと思うのですが制限できません。男子は特にデータ好きな選手が多く、いろいろな情報を持ってきます。そうした選手の場合、一旦それは聞きつつ、この時期は試しにやってみようよ、ダメでもまだ大丈夫だから、と気軽に追い込むことを心がけています。
嬉しかったのは、東京オリンピック、パラリンピック合わせて、トライアスロンで初めてのメダルを取ったのがパラの選手2名だったことでしょうか。自分もガイドとして走らなければならなかったのですが、涙が止まりませんでした。私もオリンピックを目指していたのに出られませんでしたし、トップまでいけなかった思いがあったので、一緒に合宿で苦楽を共にした選手がメダルを取ったこと、自分の力で苦しい局面を乗り越えてきた姿は本当に感動的でした。その選手はレース前の怪我で万全ではなかったのですが、弱音を吐かずに粛々と努力していました。
一方、苦しいというより難しかったのは、視覚障害のある選手とガイドの関係がパラの直前にうまくいかなくなったことです。彼らの特徴がわかるだけに、もっとこうすればいいのにともどかしい思いをしました。合宿でみんな一緒にやっているので、私は話を聞くことに徹して、他の選手やトレーナーなど周りからサポートしてもらうようにもしました。やはり人間関係は一番難しいと感じています。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
◎菊池日出子さんプロフィール
1986年 福島県出身
順天堂大学 スポーツ健康科学部 卒業
大学入学と同時にトライアスロンでオリンピックを目指す
大学卒業後もプロとして活動
2018年にアスリートとしての活動に区切りをつけ、
パラトライアスロンの視覚障がいクラスのガイドへ。
東京2020パラリンピックはガイド兼コーチとして参加
現在はパラトライアスロンのコーチとして活動
【戦績】
U23アジアトライアスロン選手権 優勝
U23世界トライアスロン選手権11位
世界選手権(エリートの部)日本代表
日本スプリント選手権優勝
【ガイド・コーチ歴】
2019 年~現在
公益社団法人トライアスロンジャパン パラトライアスロンコーチ
2021年8月
東京2020パラリンピックトライアスロン競技 PTVI(視覚障がいクラス)ガイド