2024年11月1日
スポーツ指導者が学びあえる場
リレーインタビュー第５６回 杉本美香さん（後編）
「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、柔道家の杉本美香さんです。
杉本さんは2010年の世界選手権78kg超級・無差別級で金メダル、2012年ロンドンオリンピック78kg超級で銀メダルを獲得、世界を舞台に活躍してきました。引退後はコマツ女子柔道部のコーチ・監督を務め、現在は子どもたちの指導に当たる他、様々な方面でチャレンジを続けています。
明るい笑顔が魅力的な杉本さんですが、現役時代は度重なる大怪我や挫折を経験して来ました。杉本さんにとっての「怪我」とは。心から愛する柔道を通して子どもたちに何を伝えていきたいか。杉本さんのお話を３回にわたってご紹介します。
（2024年8月 インタビュアー：松場俊夫）
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/56-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/56-2/
▷ 杉本さんは「2位の意味を一生かけて探し続けていきます」とおっしゃっていましたが、答えのようなものは出ましたか？
いいえ、答えはまだ出ていません。でも2位としての生き方が変わってきたような気はします。例えば、努力してもなかなかうまくいかない人、メンバーに選ばれなかった人たちの気持ちがわかるようになりましたし、元気に振る舞っているように見える人たちの深いところにある迷いや悩み、苦しみに寄り添えるようにもなったように思います。私はそんな生き方をしていきたいです。
ロンドンオリンピックの時までお世話になったトレーナーさんが「私は銀メダルの選手の方が好きだよ」と言ってくれたことがあります。「銀は磨けば金になる、そのためには自分で磨かなければいけない。人としての金メダルを取るのは銀メダルの人の方が多い。杉本は銀で良かったよ」と。それは2位の意味を考える生き方をしようとしている時の言葉だったので、自分の進もうと思っている道は間違ってなかったと思いました。正解が何なのかはわかりません。でもそこに行き着くまで一生かかってもいいし、もしかしたら2位の意味を知るために色々な人に出会っているのかもしれません。
▷ 美しい負け方というものはあるのでしょうか。
あるとしたらそれは自分がこれまでやってきたものを出し切った時ですね。オリンピックに出る人はかなりの準備をしていますが、世界最高峰の大会なのでレベルが拮抗し、勝ち負けがある世界で負ける方が必ずいます。そこには何かしら原因があると私は経験したことで学ぶことができました。失敗を人のせいにして反省をしなかったり、自分は応援してもらえる人なのかといった、全てがオリンピックという場所には繋がっていると私は思います。それでも全力で競技に向き合って、やるべきことを全てやったと周りの人たちが認めてくれることで救われることもあり、前へ進むことができます。その負けを人のために活かせられる経験になった時には美しい負けになるのでしょう。
ただ私のオリンピック決勝での敗戦は、ただただ情けないですね。自分のことになると美しい負けという考え方は無いに等しいです。ですが、人生をかけてやってきたプロセスは間違ってはいなかったと確信していますし、出逢えた方々は私にとって最高の宝です。夢を目指すことのメリットは自分自身を成長させてくれるので、本気でオリンピックを目指したことで、結果ではなく経験が今の私の人生に活かされています。
▷ 今後はどのようなビジョンをお持ちですか？
今は何がやりたいかを考えながら動いているところなので、まだ見つけられていません。だから楽しいんですけどね。私はアスリートの時代から監督の時まで守られた生活をしてきて、それを全部手放したわけですが後悔はないです。この立場でないとできない経験もしましたし、様々な考えの人を見てきました。おかげで以前よりも人に手を差し伸べられる人間になったように思います。
守られた世界から飛び出して、生きていくために必要なことを考えていた時はワクワクもしましたし不安もありました。大学3年生になった時の「就職どうしようかな」という気持ちを今味わえているように思います。どうしよう、特にやりたいことがないし、でもとりあえず面接に行かなきゃ、といった感情を30代後半になって味わえているのです。こんな思いを経てみんな今の会社にいるのだと考えるとリスペクトですね。
これまで色々なことをやってきて、今はタイミングを見計らっているところですが、人から学ぶことが好きなので、人と関わりたいという気持ちはあります。子どもから高齢者の方たちまでの居場所を作りたいです。そこには子どもたちも来て、高齢者の方たちに昔ながらの文化や知恵や遊びを教えてもらいます。私はみんなに体づくり運動をしてもらいたいと思っていて、高齢者は転倒しないような体作りを、子どもたちには転倒しても怪我をしない、自分の身を守れるような動きを、柔道を軸にして指導していきたいです。一緒の考えで賛同してくれるビジネスパートナーも募集中です。
▷ 日本のスポーツ界に対して思うことはありますか？
子どもたちの様々な可能性を見つけて、その子にあった場所に導いてあげてほしいと思います。私としては柔道をしてもらいたいという気持ちはほんの少しだけありますが、スポーツも種目が増えてきていますので、その子の特性を見極めて「やってみたら？」と言えるようなスポーツ界であってほしいですね。子どもに対し、一つの競技に全力を注がないとトップに行けないというような思考ではなく、もっと子どもたちの自主性や主体性を信じて導いてあげたいです。
▷ 全国の指導者の皆さんへメッセージをお願いします。
今現在の指導は難しいと思っていらっしゃる方がたくさんいると思います。でも指導者の立場に立てる人は限られています。あなたにしかできないから、今あなたは指導をしているのです。でも指導者は孤独でわからないことだらけなので、迷ったり決められないことがあれば人に頼ってください。自分の中で解決しようとすると答えは一つしかありません。たくさんの情報を入手することで結論が見えてくるかもしれませんが、そこに至る過程を飛び越えて結論だけ取り入れてもうまくいかないと思います。目線を下げて色々な人たちの意見を聞き、取り入れることで、子どもたちは未来を自身で切り開くことができます。ぜひ、子どもたちや競技者がSOSを出したら手を差し伸べて、チャレンジしようとする時は見守ってあげられるいい距離感の指導者になっていただきたいです。ですが、教える立場の人に心の余裕がないと、行き詰まったり判断ミスが出てくる可能性もあるので、指導者の方々も意識的にリフレッシュをしてください。（了）
（文：河崎美代子）
◎杉本美香さんプロフィール
柔道家
段位：六段
1984年8月27日 兵庫県伊丹市生まれ
2004年3月 大阪市立汎愛高校（日本で一つしかない武道科）卒業
2007年3月 筑波大学（体育専門学群）卒業
2007年4月 コマツ入社
2016年3月 筑波大学大学院（人間総合科学研究科体育学専攻ナショナルリーディングコーチ養成プログラム）修士課程修了
2019年9月〜2022年3月 コマツ女子柔道部監督
＜主な戦績＞
2008年 世界無差別選手権 銅メダル
2010年 東京世界選手権78kg超級・無差別級 金メダル
2011年 皇后杯全日本女子柔道選手権 優勝
2011年 パリ世界選手権 銅メダル
2011年 世界無差別選手権 銅メダル
2012年 ロンドンオリンピック 78kg超級 銀メダル
現役時代は度重なる大怪我に悩まされたが、2010年の東京世界選手権で二階級制覇を達成。2012年にはロンドン五輪に出場し銀メダルを獲得。
現役を引退後は、テレビ・イベントへの出演や、全国各地で柔道教室を行い、普及活動にも取り組んでいる。
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