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リレーインタビュー第52回 生山裕人さん(中編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元プロ野球選手、野球指導者の生山裕人(いくやまひろと)さんです。

 高校卒業時、教師を志して大阪教育大学を受験するも不合格。芸人を目指して入学した近畿大学時代に子供の頃から好きだった野球の能力を活かして四国の独立リーグへ。2009 年には千葉ロッテマリーンズに育成選手として入団し晴れてプロ野球選手になります。しかし2012年シーズン終了後に戦力外通告を受け、その後、ウェディングプランナーや野球選手のキャリアデザインセンターの立ち上げ、独立リーグの2球団でのコーチなどの紆余曲折を経て、現在は滋賀県大津市で放課後等デイサービスの代表を務めています。

「人生は壮大なネタ創りだ!」と語る「イクヤマン」生山さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2024年3月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/52-1/

▷ 野球選手を引退した後、どのような選択をなさいましたか?

2012年のシーズン後に千葉ロッテマリーンズから戦力外通告を受けたのですが、その瞬間の感情は「よかった、もう野球しなくていい」というものでした。そもそも私は、先生になりたくて大阪教育大を受けたのに不合格、芸人になりたくて吉本新喜劇のオーディションを受けたのにこちらも不合格、それでも野球が好きすぎて、諦めるために21歳の大学在学中に独立リーグの四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)のテストを受けて合格し、2年間プレーした後に千葉ロッテマリーンズから育成ドラフトで指名されプロの野球選手になったわけです。元々が自分の限界を知り、諦めるための挑戦だったので、プロ球団から戦力外通告を受けて諦められたのは、できすぎた展開で幸せ者です。

独立リーグに入る前は、24時間野球のことを考える毎日でした。友達にご飯に誘われても断って練習していましたし、お茶と水しか飲まない、どうやって寝れば疲れが取れるかを調べるなど、単位を取る上で必要な大学生活を送りながら、野球が上手くなることにマイナスになりそうなものを全て排除していく生活をしていました。そうした行動の全てはプロになりたいからというわけではなく、ただ野球が楽しくて上手くなりたいからというものでした。結局、独立リーグに2年、N P Bに4年在籍しましたが、その6年間の経験は野球を恐ろしくて見たくないものにしてしまっていました。あんなに好きだったものが、見たくもないくらい嫌いになってしまう理不尽な経験をしてきたわけです。私が感じているスポーツ界の指導に対するネガティブな思いはその時の経験から来ています。

プロを辞めてからはウエディングプランナーとして働いていたのですが、お世話になった方の紹介であまりにも簡単に次のキャリアを選んでしまったことを少し後悔しています。最初は選手時代とのギャップでとても苦しみ、毎日辞めたいと思っていました。周囲の支えもあり3年間続けられ、最終的には自分に向いている、とても楽しい仕事と思えるようになりましたが、自分にもっと他の可能性があったのかもしれないと感じるところはありました。アスリートがセカンドキャリアを選ぶ上で最も大事なことは、引退した時にどんな人に相談できるかだと思います。現役の時にどんな人とつながっているかが大事なのです。自競技の人達との交流だけでは、どうしても視野が狭くなり自身の価値が限定されます。現役時代から他競技や他業界の人と交流し、自分の社会における可能性を知るアスリートが増えてくれれば嬉しいです。

▷ コーチになろうと思ったきっかけは何でしたか?

そうした経験から、私は「現役時代、引退後にかかわらず、キャリアの相談ができる窓口が作りたい」と古巣の四国アイランドリーグを口説きに行きました。最初はリーグからも断られ、一筋縄では行きませんでしたが、2年ほど通い続け2018年に「四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンター」を立ち上げ、代表になりました。

シーズン中からグラウンドに顔を出したり、球団に協力していただいて研修をしたり、他のOBにも協力していただき個別で野球の相談にも乗りながら、選手たちと関係値を築いていきました。オフシーズンにも引退後のキャリアについて電話などで相談に乗るのですが、選手はアルバイトをしているので、話をするのが夜12時を回ってしまったり、なかなか大変でした。NPBのスタッフになりたい、次のチームを探したいといった相談に乗ることもありました。ですが組織を立ち上げた以上、ビジネスとしてキャッシュを作らなければならないので、選手と企業をつなぐに当たり非常に苦労しました。結局、ビジネスとして立ち行かなくなり、八方塞がりになってしまいました。

また、そうした活動と並行して、小中高大の学校で講演活動をしたり、スポーツトレーナーの協会でスポーツトレーナーを現場に売り込む営業をしていました。しかし、3年ほど休みなしで働き、人に会い続けたことで、仕事を抱えすぎてしまい、人間関係に悩みどんどん自分の価値を信じられなくなっていきました。結果、1ヶ月ほど家から出られず、1年間ほぼ人に会えないくらいに精神を病んでしまい、病院に通う生活を送ることになってしまいました。自分なんかに何ができるだろうと思っていたところに、香川オリーブガイナーズの野手コーチのオファーがあり、悩みに悩んだ結果、引き受けることにしたのです。

引き受けた理由は三つありました。一つは野球との関係を整理したいということでした。千葉ロッテマリーンズを退団後は「もう野球はやりきったから」と言って、草野球などの誘いを全て断っていました。しかし、本当はやりきったからではなく、グラウンドに立つとあの時の嫌な思いがフラッシュバックして怖くて仕方がなかったから逃げていたのです。あんなに好きだったものを好きと言えない自分にモヤモヤしていました。コーチはオファーありきなので、ここを逃したらずっと好きだったものを好きと言えないまま人生を終えることになると思い、もう一度野球と向き合いたかったのです。

二つ目は、妹から誘われていた放課後等デイサービスの事業を2年後に立ち上げる予定だったので、そのためにマネジメントの勉強をすることでした。また、年下と接することが苦手だったので克服したかったという気持ちもありました。

三つ目はアスリートのキャリアの件です。日本におけるアスリートキャリアの問題の根本原因は指導者だと私は思っています。キャリアのプロジェクトをしている時に、現役選手にグラウンドで「相談に乗って欲しいです」と言われたのですが、その場で相談に乗ろうとしたら、監督やコーチがいないところで相談したいと言われることが多かったのです。それは現役時代から引退後のキャリアを考えていることがばれると、指導者がマイナスな印象を抱くと選手自身が感じているからに違いありません。プロカテゴリーのコーチのほとんどは野球しかやってきたことがない人たちです。それ自体は仕方がないのかもしれませんが、将来への不安を吐き出す場所がない状態で、思い切ってプレーをすることは難しいと感じていました。だからこそ、コーチという立場で選手の「人生」と向き合いたいと思いました。野球が上手い“だけ”ではその先に苦労するのは見えていますから。

独立リーグとはいえ、ビジネスとして回っている以上、そこは社会です。それなのに指導者や球団職員は「そんな態度だと社会に出てから苦労するぞ」と声をかけます。指導者は「ここは社会なのだ」と選手に語れなくてはいけないと思います。私は野球の技術を教える指導者としての自信はありませんでしたが、引退後に様々な経験をさせてもらったことで、彼らの「人生」のコーチングなら少しは力になれるのではないかと思い、勇気を出してコーチを引き受けることにしました。就任後は選手たちと練習後に一対一でリアルやオンラインでミーティングをして、一番長い選手だと5時間ほど話すこともありました。「なぜここで野球をやっているのか」「引退後は何をしたいのか」などを話し、彼女の話をする選手もいました(笑)。その時間は、選手たちがあらゆる悩みを抱えてプレーしていることを、身をもって感じる貴重な機会になりました。(後編に続く)

(文:河崎美代子)

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/52-3/

◎生山裕人さんプロフィール

1985年生まれ 大阪府出身。

▶︎大阪府立天王寺高校卒業後、一浪し、近畿大学文芸学部芸術学科演劇芸能専攻演技コースに進学。

▶︎二部の準硬式野球部、八尾ベースボールクラブを経て、21歳の時に独立リーグの四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)のテストに合格。大学を休学して香川オリーブガイナーズへ入団。2年在籍。

▶︎2008年の育成ドラフト4巡目指名で2009年千葉ロッテマリーンズへ入団。4年間在籍したが、支配下登録されることはなく、2012年のシーズン終了後に戦力外通告を受ける。

▶︎ウェディングプランナーを経て、四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンターの代表、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズ野手コーチ、日本海オセアンリーグの滋賀GOブラックス野手コーチ。

現在、株式会社Sprint Career Design代表取締役。

滋賀県大津市で放課後等デイサービス「シーズステップ」を運営。

【関連サイト】

放課後等デイサービス「シーズステップ」