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リレーインタビュー第47回 鈴木恭平さん(中編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、法政大学第二高等学校(法政二高)バスケットボール部の鈴木恭平監督にお話を伺いました。

高校卒業後、体育の指導者になるために日本体育大学に進み、大学在学中に母校である法政第二中学校バスケットボール部の監督になり、法政二高バスケットボール部のコーチを経て2004年から監督を務められています。

最初は生徒たちにとって「ヤンチャなお兄さん」だったという鈴木さん。その後、インターハイ出場を狙う厳しい監督に変身したものの現在は…?鈴木さんのインタビューを3回にわたってご紹介します。

(2023年7月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/47-1/

▷ 生徒たちの「気持ちの向け替え」ですが、現時点で鈴木さんはどのように行なっているのでしょうか。

特にこれというものはなく、偶発的なものが多いのですが、生徒たちが迷わず思いっきりパフォーマンスできるようになるには?ということは常に試行錯誤しています。過去に、県の決勝で接戦の中迎えたハーフタイムで、今まで言ってこなかった私の本音を今語ったら、後半更に集中できるかな?と考えました。そしてロッカールームで「いままで君達には本音を語ることが大事だとずっと言ってきたけど、俺の本音を言ったことがなかったね。正直言うと俺は、おまえらがわがままで、自分勝手だから好きじゃなかった。でもここにきてようやく自分たちで頑張ってる姿を見て、優勝して全国出て、もっと長くおまえらとバスケしたいな…」と語ったことがあります。

最初選手たちは、ぽかーんとしてましたが、そのぽかーんとする一瞬が大切で、そこがまさに向け替えの玄関になります。前半の興奮や後半の不安など一瞬無くなる瞬間です。「俺たちが好きじゃないって今更…(笑)」みたいな。でも、その後の「まだ一緒に戦いたい」という言葉を頭で処理したあと、後半思いっきりコートに飛び出していき、勢いのまま一度も勝ったことのない相手に勝利して全国出場を果たしたことがあります。実際にそれが功を奏したかどうかはわかりませんが、その試合での私の記憶はそれだけです。

他にも、ある高校の厳しくて有名な監督さんが、試合終盤のタイムアウトで「勝ちたい人この指止〜まれ」と冗談ぽく言ったのだそうです。生徒たちはそんなこと一度も言ったことがない先生に対して「えっ!?」と驚きながらも、一瞬の間の後、一斉にその指を掴み、そして16点ぐらいの差を短時間で2点差まで一気に追い上げたのだそうです。

また、アメリカの大学バスケットボール界のレジェンドであるデューク大学のコーチKは、オーバータイムラスト残り2秒、1点負けている状況のタイムアウトで、絶望している選手達に「これは勝ったな!!」と自信満々に語ったそうです。その指揮官の表情と言葉に「やるぞ!」という雰囲気がみなぎり、見事に逆転した伝説の試合もあります。

このように、興奮、不安や混乱した状態の生徒たちに対して、体罰や暴言ではなく、何か一つに集中できる仕掛けを常に探り、効果的な声かけやアクションを引き出しとしてたくさん持っておきたいな、と日々画策、研究はしているつもりです。

▷ 鈴木さんは長い時間軸を持って臨んでいらっしゃるようにお見受けしますが。

そうですね。やはり長期の目線、それが私にとっての目的にもなります。うちの部の普遍的なテーマは「いい男になる」ことですから。ある人にポツッと「恭平のところの生徒はいい男になるよなあ」と言われたのですが、これ以上嬉しいことはなかったですね。それ以来、バスケ部を通じて「いい男になる!」をチームの普遍的、永久的な目的、理念にしようと決めました。面白いことに今の時代の生徒たちにもこれは伝わります。初めはピンと来ないようですが、ちょっとした行動について「それって嫌な奴ではないけど、いい男だと思うか?」と聞くと「いい男とは言えないと思います」となる。これは非常に便利な言葉でもあります。これがうちのチームの明確なコンセプトなのですよ。

ではチーム目標は何かというと、最終的に格上に勝つことです。自分の持っている力を普通に使えば格下には勝てますが、そうではなくプラスアルファの要素、コミュニケーション、コンビネーション、戦術などを駆使して、自分たちよりも力が上の選手たちにどのようにして挑むか。それが考え方や戦術・過ごし方のベースになります。

ただ、格上の相手とは、どこまでのレベルを対象にするのかについて私は注意を払うタイプです。「無理なのはわかっているけれど日本一を目指す」という価値観もあっていいとは思うのですが、私の価値観の中ではそれはないですね。私はどのスポーツにも階級があるべきだと思っています。レベルや動機が異なるチームを全部一緒の器の中で競技するのでなく、同じようなレベルや動機でカテゴライズして、その中で戦うことが本来のスポーツの楽しさだと思っています。

欧米や大学、プロは必ずレベルをカテゴライズしますよね。格闘技でも軽量級と重量級があり、軽量級でメダルを取った選手に、「重量級に勝てない君は弱いよね」とは言いませんよね。しかし集団競技になると、インターハイや甲子園などの全国出場や優勝を目指すことが美徳になり、そういうレベルのチームに所属する選手は全員レギュラーを目指すことが必須という空気感がありますよね。そうなると自分の未来を描けてないのにやっているふりをする、もしくはレベルの違いに愕然としてモチベーションが下がる、という現象が起きます。私はそうならないように生徒には「身の丈を知っている、身の程知らず」という私の造語を使って自分の未来への進み方を説明します。

身の丈とは現時点の自分の階級です。身の程とは自分の未来を指します。育成世代の子供達を指導するときに、未来の可能性は誰にも計れないので、大きな目標や夢を持つことは大事です。しかし、その未来に向かって現時点の階級を理解せずに大きな夢ばかり語る子は、その未来に向かって今やるべきことをおろそかにしたり、間違ったことを選択したりしがちです。また、自分の階級を知り過ぎて自分を卑下したり、悲観することで、自分の未来を低く見積もる子もいます。ですから、大きな目標を達成できる子は、身の程知らずに大きな事を語り、そこに到達するために現時点の身の丈、すなわち階級を見定め、目標に向かって一歩ずつ地道に歩める子が一流になっていくと説明しています。

ただ、全員がその競技において一流を目指す必要もないとも思っています。身の程知らずの大きな目標は、別に金メダルや日本一でなくてもよく、自分史上最高であればいいのです。現実、小さいときから全国大会を目標にしてきた選手と、高校から競技を始めた選手では、高校のたった3年間では到達度の違いが当然出ます。だからこそ、その到達度は自分史上最高なのか?ということにフォーカスするよう生徒には言っています。レギュラーだからすごいということではなく、あの素人の子がここまで上手になったのすごいよね、ということをリスペクトできる雰囲気を作れるようにチーム作りをしています。

そうなると自然にAチーム、Bチームといった棲み分けもできてきますが、このチームは自分史上最高を目指す場です。ですから、練習時間や指導を受ける環境は平等にあります。そしてその階級にあった練習試合や公式戦の参加を設定します。そうやって自分の身の丈を知った上で、自分史上最高を目指して今この瞬間を懸命に生きた方が自分が充実しますし、この考え方で進んだ生徒の方が、いつの間にか全国レベルのレギュラーになっていたというケースが多いです。また、そうではなくても自分に自信を持つようになっていきます。もしこれが全員、全国レベルのレギュラーを目指すことが部員としての条件だとしたら、BチームはBチームにいる限りずっと負け組ということになってしまうし、チームを代表して大きな大会に臨むときに、レギュラーではない子達がチームのために行う行為は、「やりたくないけど仕方なく行うもの」になってしまう生徒が少なからず出てきてしまうと思っています。それだと本当の献身的なサポートにならないと思うのですよね。

▷ 「階級」の違う選手同士をどのようにまとめているのですか?

うちの部には各学年を縦割りの小グループにする制度があります。昔ながらの上下関係が強いやり方では3年生に1年生は意見が言えません。でも縦割りのグループですと、例えば練習などの後にコンビニでアイスを食べながら「先輩、監督の見た目が怖いんですけど…」「いや俺も最初はとっつきにくかったけど、以外にお茶目なとことあるんだぜ」といった会話ができます。

それから、雑用は全部3年生がやります。下級生は上手いプレーだなあと日頃憧れている最上級生がボールの片付けをしているのをいつも見ているので、1年生が上級生になった時に、雑用は「やらされること」ではなく「かっこいいこと」になるわけです。

でもここまで来るのは大変でした。以前は上下関係がはっきりした組織でしたから、監督に就任し、雑用を3年生が行うことを提案した時は、「1年生の時にやったことをなぜまたやらなきゃいけないんですか」と断られました。監督3年目になってやっと「先生の考えを実現しましょう。うちらがやります」と言ってくれました。その生徒たちが私を最初に全国大会に連れていってくれた生徒たちです。やはり、自分の損得勘定だけで考えるのではなく、面倒なことでも理念に賛同して請け負ってくれるいい男たちの方が、結果も後からついてくるんだなとその時実感しました。それ以降これは定着した伝統となっています。

▷ 最近の10代の生徒たちについてはどのように感じていますか?

基本的には変わらないと思っていますが、勝つことや結果を出すことへの執念というか、こだわりは薄いと感じています。一生懸命やること、努力することで点数をもらえる絶対評価の中で育ってきた生徒たちの中には、結果が出なくても頑張っているからいい、という価値観を持つ生徒が増えてきている気がします。

また、スポーツの本来の在り方も見失っていると感じます。勝利至上主義という言葉が正しく理解されていないのか、勝つことにこだわることが諸悪の根源のような捉え方をしてるのかもしれません。

基本的にスポーツは、勝つことを目指すことが前提で成り立っていて、どうすれば勝てるのか?から逆算して練習やトレーニング、ミーティングが行われるわけです。本来、スポーツは遊びだからこそ勝つことを目指して、頭や体を思いっきり使って挑戦することに楽しみがある。その上で必ず勝者と敗者が存在する事実がある。その事実を受け入れた中で勝つことを目指した結果、負けてしまったときに「勝つことが全てじゃない」という言葉が存在します。しかし最初から「勝つことを目指さない」となると、それはスポーツへの冒涜というか、スポーツが成り立たないということになります。

現実社会で勝者と敗者にこだわって戦争が起きるよりも、ルールを設定してバーチャルな世界で疑似競争をして決着をつけましょう、といって生まれたスポーツの本質を理解すれば、人間が本来持っている競争心や欲求を本能のままに表現すればいいのです。それがいつの間にか、スポーツで勝利することでおこる物質的な変化や、負ける事への批判など、結果に対する責任が大きくなることで挑戦することに歯止めがかかっているのかもしれません。本来、責任を感じるべきことは結果ではなく、過程です。そしてその過程に問題があったから結果がついてこなかったという捉え方をすることこそが、次なるエネルギーや知恵や工夫が生み出され、これこそが人を成長させることができるスポーツの素晴らしさです。だからこそ勝利を目指してがむしゃらにやるべきなんだ、と生徒たちにはいつも言っています。

また、SNSの普及によって、対面で思っていることが言いづらくなっている現象も見逃せません。対面で人と違うことを言うとすぐに裏のネット上で叩かれる。この恐怖に自分の本音を対面でなかなか話せなくなっている時代です。更に今の高校生は、多感な中学生の時期にコロナ禍によって対面のコミュニケーションができていません。このことは一昨年からチーム作りにおいてとても苦慮しました。やはり仲間との真の関係性は、現場のリアルな社会で起きた現象でしか構築されません。

ここ数年、コロナ禍による制限が緩和され、まず最初に着手したのは70人全員同じ場所・時間内で練習を行うことでした。効率は悪いですが、それよりも現場で起きた様々なトラブルや問題を全員で共有し、それをみんなの課題として捉えて解決していくことを優先しました。その中で本音を話すこと、言いづらいことを建設的に言っていくことや話し合いの作法などを一から丁寧に教育していきました。選手たちにとっては、時間も長くなるし、物事が早く進まないジレンマがあったようですが、それ以上に関係性が構築されていくことで得られる信頼感や存在感に心地よさを感じている生徒が増えていきました。

このことは、現在の10代の子だろうが、昔の子だろうが、人間の普遍的な喜びであることを確信しました。ですから、そういった人と人の関係性を深めていくことを求めることは変わることがなく、その為のアプローチを時代と共に工夫して指導していくことが大切であると感じています。(後編に続く)

(文:河崎美代子)

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/47-3/

◎鈴木恭平さんプロフィール

1977年:神奈川県生まれ

1996年:法政二高 卒業/日本体育大学入学

1996年~2004年:法政二中男子バスケ部監督/法政二高男子バスケ部A・コーチ

2004年~現在:法政二高男子バスケ部監督


JBA公認B級コーチ

JBAコーチデベロッパー

国体少年男子神奈川県代表監督

神奈川県U16チーフコーチ

神奈川県高体連強化普及委員長