リレーインタビュー 第9回 東野智弥さん(後編)

08.01

 ◎東野さんが考える「良いチーム」とはどんなチームでしょうか?

 

チームの絆、団結力という意味で「ケミストリー」という言葉がよく使われますが、選手たちが個として生きながら自己を殺すこともある、全員が一つになって同じ目標を共有する、それがチームだと私は思っています。バラバラでは強くなることはできませんが、私たちがそれぞれのモチベーションや思いを汲み取った上で、選手のそれぞれがすべての選手と網の目状につながっている、それが良いチームだと思います。

では、良いチームをどう作るかですが、指導というのは必ずしも選手より上の立場で行うものではありません。選手たちと同じ位置にありながら、少し異なる役割、例えば、選手たちに信号や気づき、刺激を与えるのが指導者です。先を見通し、迷路の中で道を作りながら、私たちが行きたい場所に必ず辿り着くためのヒントを提供していきます。

そして「このチームはこうすれば成功する」というイメージを植え付けるプレゼンテーション能力も必要だと思います。空気感を読みながら、調子の良い時にあえて厳しい目を向けて、もう一つ負荷をかけていくと、一層良くなっていくことがあります。調子の悪い時には、言葉をポジティブなもの、例えば「これは試練だ」とか「次に必ずつながる」といったものに変換させる、そういったこともコーチとしてやらなければいけないと思っています。

 

写真提供:日本バスケットボール協会

 

 

◎先を見てビジョンを語るというリーダーシップのスタイルはいつ頃からお持ちでしたか?

 

最初から持っていたわけではないですし、今でもパーフェクトとは思っていません。しかし、運良く海外で勉強できたこと、日本代表チームで優秀な方々と一緒にコーチができたこと、若いうちにヘッドコーチになって苦労や失敗を重ねたことは自分のためになったと思っています。

バスケットボールは人生の縮図です。決まった時間や場所で、うまく行く時があれば行かない時もあり、常に成功するわけではありません。バスケットボールは言わば失敗するスポーツ、確率のスポーツです。確率を上げるためには、先を見通す確かな力で筋書きを作らなければなりません。ですが、ゲームが予想外の急展開をすることがあります。相手チームによって、一つのシュートをきっかけにして、たった一つのミスで、さらにチームの調子や選手のコンディションによって、流れが変わります。その時、事前に描いた筋書きにどれだけアジャストできるかが求められます。

 

 

◎これまでのバスケットボール人生で、最も達成感を感じた、逆に最も辛かったのはどんな時でしたか?

 

達成感を感じるのは、試合に勝ち、選手達が私のところに駆け寄ってきて「やりましたね!」「We did it!」と全員で喜びを分かち合った時でしょうか。逆に、試合に負けた時に、選手たちが「コーチありがとうございました」と涙を流しながら握手しあう時にも感じることがありますね。

自己を殺しながらみんなと一緒にやれたという感覚を、私だけでなくみんなも持っているのだと知る時が、私のコーチとして最高の瞬間なのかもしれません。もちろん毎回とはいきませんが、私はそんなチームに何度も携わることができました。

もちろん、メンバーやスタッフが変わったり、大きなアクシデントに耐えられなかったりして、チームがうまくいかないこともあります。それは先を見通す力と立てた目標が合っていないからで、あってならないことです。いわば設計ミスで、すべてリーダーであるコーチの責任です。

思いがなかなか伝わらない辛さは、これまでに何度も経験しました。懸命に試行錯誤しながら方法論をあれこれ変えてみても、すべてうまくいくとは限りません。ですが、失敗の体験は必要です。失敗を常に自分に落とし込み、自分には何が足りないのか、度量がないのか、工夫がないのか、学習や経験が足りないのかを日々考え、学びの材料にしていくことが必要です。

でも私はコーチを辞めたいと思ったことは一度もありませんよ。9歳からバスケットボール一筋ですが、それは何よりもバスケットボールが好きだからです。一生懸命続ける中で目標を達成したり成長したり、みんなで喜んだり、それをサカナに酒を酌み交わしたり。バスケットボールのない日は1日もありません。

 

 

◎今に至るまでに、他の道を考えたことはないのですか?

 

私は石川県の生まれで、一学年18人という小さな小学校に通っていたのですが、校長先生はプロの画家で、教頭先生は彫塑のアーティストという学校でした。また私の母がバイオリンを弾く関係で、私と兄、妹の3人全員がピアノを習っていました。学校でジャズバントをやったこともありますが、当時は、担任の先生がバスケットコートのゴールにシュートを決める姿を、いつも「すごいな」と思って見ていたものです。中学に入ってからは、バスケットボールをやりながら陸上競技の大会、400m、120mハードル、幅跳びで県大会に出たこともあります。それでもバスケットボールの道からそれることはありませんでした。

 

 

◎東野さんが考える良い指導者の条件とは何でしょうか?

 

指導する選手のレベルによっても違うと思いますが、まず規律を持てることです。時間を守る、整理整頓する、掃除する、挨拶する、相手の目を見る、人の話を聞く、声を出す、そんなことが普通にできなければいけません。競技上の細かい指示に加えて、そうした規律を選手にしっかりと伝え遵守させられる人は、必ずチームを一つにまとめていきます。それがベースなのです。その場ですぐにダメ出しすることは簡単ですが、土台がしっかりしていなればなりません。いまやネット社会で、誰もが知識を持っていますが、最後にバスケットボールの神様がどちらに微笑むのか。勝つか負けるか、成功するか失敗するかはそうしたことで決まるのではないでしょうか。「運」の世界は自分ではコントロールできませんが、基本的なことの積み重ねには意味があると思います。

さらに、選手のやる気を出させる指導者であるべきです。選手を前に立たせながら、しっかりと導く指導者です。船に例えれば、全員を乗せて船首に行ったり船尾に行ったりして常に動いている船長のようなもの。様々な調整をしながら、その船にとって最も良い形に導くのです。人によっては、旗を振って「がんばれがんばれ」と言うタイプもいますが、それだけではいざという時に厳しいと思います。

あとは人間としての深さでしょうか。実に様々な局面で私たちは試され、最終的に判断を託されます。うまく行かない時も動揺せずに状況分析をし、どう対応するかの的確な判断が必要とされます。選手たちに迷いを悟られないうちに、例えるなら、手際よく寿司を握ってさっとお客さんに出さなければなりません。それを可能にするのは人間としての経験や深さだと思います。

 

 

◎将来を担う、若い才能を発掘する裾野をどのように広げていますか?

 

発掘はこれからの課題です。バスケットボール自体は学校の体育や部活動ですでに普及されていますが、まだ目指す形になっていません。誰もが知っている有名な選手もおらず、バスケットボールは日本においてはまだ発展途上です。今は、何をすべきかの絵を描いているところです。2014年に日本のバスケットボール界が変わり始めたばかりで、まだどうなるかわかりませんが、強さが弱さに足を引っ張られることなく、レンガを一つ一つ積み上げることでいい選手が出てくるという育成のイメージを常に持つようにしています。具体的なビジョンはできつつあります。例えば、身長プログラムに関して言えば、最終身長が簡単に予測できるアプリケーションを作る、といったことまで考えています。

 

 

◎現在、さまざまな競技の指導に携わっている方々へメッセージをお願いします。

 

私がサインをする時はいつも「楽しく一生懸命に」と書きます。コーチが頭を悩ませて暗い表情になっていてはいけません。コーチが楽しんで一生懸命やっていれば、選手もついてきます。必要以上に胸を張って威張る必要などありません。いつも眉間にシワをよせていたり、泣いたりしたらそれはもう指導者失格です。難しいことですがやり続けなければいけません。

もちろん休息は必要です。心技体でいうなら、自分の体に注意を払ってください。コーチは体を蝕まれがちなので、実際の年齢、精神年齢、そして肉体年齢のバランスをしっかりコントロールした方がよいと思います。

と、これは人に言っているようでいて、実は私自身に言っているのですね。たとえ飽きられようが良いと思うことを何度も言う。その言葉を私自身も聞いているのです。(了)

(文:河崎美代子)

 

 

<東野智弥さん プロフィール>

 

生年月日/1970 年9月9日(45 歳)

出 身 地/石川県

出 身 校/早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科

(トップスポーツマネジメント コース/コーチング コース)

コーチ資格/JBA 公認A級コーチ JOC ナショナル・コーチ・アカデミー修了

 

【競技歴】 期間 所属 主な戦績等

1986- 北陸高校(1988年インターハイ優勝、1987年・1988年高校選抜優勝大会 3大会連続 2位

1989- 早稲田大学(関東学生リーグ1部/2部 全日本大学選手権大会出場)

1993-1995 アンフィニ東京 (現:埼玉ブロンコス) 全日本実業団選手権大会2位

 

【指導歴】 期間 所属 役職 主な戦績等

1996-1998 ルイス&クラーク大学アシスタントコーチ(NAIAトーナメントベスト8)

1998-1999 三井生命ファルコンズ アシスタントコーチ

1999-2001 エネミクロス・メディカルセンター スポーツコーディネーター

1999-2001 所沢ブロンコス(日本リーグ2部) ヘッドコーチ

1999-2001 早稲田大学 男子部 コーチ

1999-2008 車椅子バスケットボール男子日本代表アシスタントコーチ アドバイザーコーチ

2001-2004 トヨタ自動車アルバルク(スーパーリーグ)アシスタントコーチ(2001-02シーズン優勝)

2004-2006 男子日本代表 アシスタントコーチ(2006年@埼玉 FIBA 世界選手権20位)

2004    第4回 FIBAアジアヤングメン選手権 男子U-20日本代表アシスタントコーチ(13 位)

2007-2010 レラカムイ北海道(JBL) ヘッドコーチ

2010-2012 男子日本代表 コーチ

2012    ミルウォーキー・バックス (NBA サマーリーグ)アシスタントコーチ

2013-2016 車椅子バスケットボール男子日本代表 戦略コーチ

2013-2016 浜松・東三河フェニックス(bjリーグ) ヘッドコーチ(2014-15 シーズン優勝)

 

⭐︎ 日本バスケットボール協会 公式サイト

http://www.japanbasketball.jp//

 

 

 

 

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