リレーインタビュー 第4回 朝原宣治さん(後編)

01.15

■今後、指導者としてどんな選手を育てたいと思いますか?

 

陸上選手はまじめな選手が多く、ストイックに自分を追い込んで練習をします。多くの選手たちは調子がよいとどんどん行けるのですが、自信がなくなるとそれがレースに表れてしまいます。そういうところは自分である程度コントロールできる選手になってほしいと思いますね。

 

それから、選手の寿命は決まっています。しかし、選手によって何歳までやれるかはわかりません。私自身、どこまでやれるかわからないと言いながら36歳まで現役を続けることができました。自分の目標に妥協せず悔いが残らないようにやってほしいです。陸上競技をやっていたことが自分の人生の大きな部分を占めているのですから、それを自分の中に残してほしいです。もやっとした感じで終わるのではなく、何をやってきたのか、自信なり達成感なりを得てほしいと思います。

 

P1010321

 

■朝原さんご自身は、陸上競技での経験が人生にどのように活きていますか?

 

陸上競技をしていたおかげで、海外でも平気で過ごせますし、色々な人に会えたのは大きいですね。でもそうした外向的な部分は、子供の頃からではないのです。元々、初対面の人とはなかなか話せなかったのですが、外国ではこちらから発信しないと無視されてしまうので、恥ずかしくても何でもこちらから話すようになりました。おかげで、日本に帰って来たら、偉い方にお会いするのも楽になりました。コミュニケーションは大切ですね。応援してもらわないと強くなれませんし、応援してもらおうと思ったらコミュニケーションを取らなくてはなりません。

 

海外に行った当座は語学が全然ダメでしたから、ドイツでは語学学校に通いコーチとコミュニケーションをはかりました。そして、孤独感を味わえたのも良かったと思います。情報も今のように多くないし、自分に向き合う時間がたっぷりありましたからね。あとは自己管理でしょうか。陸上競技はこれに尽きます。いくらコーチがついていても、24時間ついてもらうわけにはいきませんから。

 

 

■理想のコーチと選手の関係はどのようなものだと思いますか?

 

目的にもよると思います。例えば、五輪でメダルを取るなら、小出義雄さんと高橋尚子さんのような関係でないと無理な場合もあります。彼女は練習の天才で、非常にハードなメニューで練習していました。でもその後、彼女は自立して自分でやっていらっしゃいましたが、今ひとつ成果は上がりませんでした。末續選手の場合は、2003年にパリでメダルを取り、翌年アテネ五輪があって、コーチとの師弟関係は続いていましたが、その後は別々の道を行っています。

 

選手としてよりもその後の人生の方が長いので、自立して食べて行くようになるには、指導者から離れないといけないし、指導者も離して行かないといけないと思います。難しいところではありますが。そういう意味では、水泳の平井伯昌さんの場合は、一人ではなく、複数の選手を見ているのはいいですね。1対1はなかなか難しいです。

 

 

■リオ五輪に向けて陸上競技は注目されると思いますが、陸上界の今後をどのように見ていらっしゃいますか?

 

やはり、突拍子もない選手が出てこないと面白くないですね。私や末續選手、伊東さんもあの当時は、想像のつかないような突拍子もない選手でした。こんな選手だといいね、と想像つくような選手ではいけません。例えば、サニブラウン君みたいに、高2で世界陸上の準決勝に行けるような選手に出て来てほしいですね。突き抜けた世界の選手たちの中では順当にやっていても勝てませんから。

 

その中で指導をすることはなかなか難しいです。計画的に考えていたら戦えませんし、選手は一人一人違うので、画一的な作戦では勝てません。本人に何があっているのかを試してみなければならないのです。様々な刺激を様々な方向から与えてみて、様子を見ます。本人が何を感じているか、私も探り探りやっているのですが、一つにこだわるのではなく、いくつもの方法を試す必要があります。ワイルドに行きたいのですが、効率のいい練習もしなければなりません。本能を出させる、リミッターを切る、そこが勝負です。選手はいい人であるよりも、ある意味、嫌な奴、馬鹿な奴にならないと。それが指導によってできるのかどうかはわかりませんが。

 

 

■選手の本質を見極めながら、究極の世界を探している感じでしょうか?

 

どこか突き抜けていないと思い浮かばないですよ。ある程度、思いつきでやらないと。ひらめきが大事です。FacebookやTwitter、インターネットなどで面白そうな情報も集めます。最近おもしろかったのは、横隔膜を鍛える方法でしょうか。普通の、走るトレーニングよりも、身体の本来もつ部分を活かして、というのが最もアンテナにピンと来ます。まだまだ知らないことがたくさんありますよ。

 

この間、桐生選手がインカレで復活しましたが、なぜ彼は速いのかと尋ねられても取り上げてフォームに特徴がないのです。ずっと考えて思いついたのは、耐震構造と免震構造の違いです。桐生君は体幹が非常に安定しています。腕と足が盛んに動いて体幹が邪魔されるのが普通なのに、彼は安定している。その理由は、みぞおちよりも上の胸椎のところの動きが柔らかいからなのですね。ここが固まったまま手足が動くと、その都度一歩一歩方向がずれるので修正しなければなりませんが、微妙な前後左右の動きで安定させているように私には見えました。いま、背骨の稼働域や動きにも注目しています。外見の形よりも使い方です。あらゆる感覚を持って体を上手く動かすトレーニング方法を探しています。

 

 

■今後の陸上界に期待することは何ですか?

 

個の力を最大限に発揮しなければなりません。その仕組ですね。個の強化にするのか、リレーを徹底的にやるのか。例えば、所属は関係なく、冬の間もずっとチームで練習してもらって、その中で個人で強くなってもらうとか。中国はナショナルチームとして、2ヶ月アメリカで練習したりしていたので、今年の北京世界陸上で強かったのです。それが良いかどうかはわかりませんが、私はそこまでやらなければいけないと思います。

 

 

■色々な競技の指導者の方、指導者を目指している方にメッセージをお願いします。

 

高校生や中学生を育てておられる指導者はすごいと思います。生徒たちの将来を本気で考えている方もいれば、自分の任期中に名を上げたい、とにかく成績を出すしかないという方もいらっしゃるでしょう。どちらにしても、若手選手は中高校の指導者が選手たちの土台を育ててくれているのでいつもありがたいと思っています。

 

ただ、どのようにその年代を指導すればいいのか、を考える必要があります。今でも若い選手が怪我をしたり、燃え尽きてしまうケースが多いようです。これは、選手を短い目でしか見ていない弊害です。そういう指導者にはもっとがんばってもらわなければなりません。陸上競技は、今はまだ部活動が中心なので、学校しか経験する場がないのです。

 

年々、陸上部は減ってきていて、指導する人がなかなかいないのが現状ですが、単に指導者だけの問題ではなく、部活動以外にクラブが日本中に広がっていかなければいけません。部活だけに頼っていると陸上人口も減ってしまいます。陸上部を維持できない学校はクラブと連動すればよいのです。子供が陸上競技を体験できる場所、仕組が求められます。 (了)

(文:河崎美代子)

 

 

朝原宣治さん プロフィール

1972年、兵庫県出身。高校時代から本格的に陸上競技に取り組み、走り幅跳び選手としてインターハイで優勝。同志社大学時代は国体100mで10.19秒の日本記録を樹立し、その加速力より「和製カール・ルイス」と呼ばれた。大阪ガス株式会社に入社、ドイツへ陸上留学。五輪初出場となった1996年のアトランタオリンピック100mでは日本にとって28年ぶりとなる準決勝進出を果たし、自身4度目となる2008年の北京オリンピック4×100mリレーでは、悲願の銅メダルを獲得した。同年9月、36歳で引退を表明。現役生活中に世界陸上には6回出場し、日本陸上短距離界の第一人者として活躍してきた。2010年に陸上競技クラブ「NOBY T&F CLUB」を設立し、現在も次世代育成に情熱を注いでいる。妻は元シンクロナイズドスイミング選手の奥野史子氏。

☆NOBY T&F CLUB

http://www.osakagas.co.jp/company/efforts/noby/

☆アスリートネットワーク

http://www.www.athlete-network.jp/

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る