リレーインタビュー 第3回 平尾誠二さん(前編)

10.01

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々にご自身の経験やお考えなどを伺い、次の指導者の方にバトンをつないでいきます。

 

岡田武史さんからバトンを継いだのは、「ミスターラグビー」、神戸製鋼コベルコスティーラーズゼネラルマネージャー 平尾誠二さんです。神戸製鋼入社3年で主将に抜擢され、「万年優勝候補」と揶揄されていたチームに「楽しむことで上達する」練習を導入。結果、初優勝を果たし、その後、新日鉄釜石に並ぶ7連覇を達成しました。また、現在イングランドで開催中のラグビーワールドカップ2015のテレビ中継では解説者としてもご活躍中です。

 

平尾誠二さんが語る、指導者の「立つ位置」について、ご自身の「コーチング」の変遷、そして「理不尽」のススメとは? 前・中・後編の3回にわたってご紹介していきます。

(2015年7月 インタビュアー:松場俊夫)

 

 

■平尾さんは現役を引退されてすぐに指導者になられたわけですが、どこからお始めになりましたか?

 

私は33歳で選手をやめ、34歳で代表監督になり、ほぼ4年近くやっていました。そういう流れだったんですね。断ることもできませんでしたし、断る理由もありませんでした。覚悟もしていましたし。特に、違和感もなしにすぐにシフトできたような気がします。

これまでラグビーはアマチュアリズムを堅持してきましたが、1987年のワールドカップを機会にプロ化への流れが進み、1995年にはプロが解禁されました。自分は企業スポーツの中でやって来て、プロの経験がありませんでした。ですから世界にで出たときに経験不足を実感せざるをえなかったです。四苦八苦しながらやっていました。

とにかく、何からやればいいのかがわからない。何から始めるかがわかったら指導者は半分できあがっていると言っていいと思います。私はまず自分の「立つ位置」を探すことから始めました。選手、コーチ、監督、それぞれの位置がありますが、それがなかなか見つけられませんでした。でも2年ほど経って、それがわかった時、すごくスムーズに物事が動き始めました。組織と自分の中で「立つ位置」は大事で、自分の持つ力を発揮できるか否かは「立つ位置」で決まります。それを気にせずに勢いでやってしまうとうまくいかないことが多いですよ。

 

現役写真

■平尾さんにとっての「立つ位置」というのはどのようなものでしょうか?

 

選手との距離感ですね。近すぎても遠すぎても良くありません。私のような、選手からすぐに指導者になった人間だと、位置をつかみきれないまま指導をしてしまいます。プレイングコーチ時代の距離感は、プレイしているからこそであって、プレイしていなければ異なるわけです。ですからどことなく違和感を感じていました。そのうち、プレイしなくなった自分が何を言っても説得力がない、監督は臨場感がわからないと何を言っても伝わらない、この距離感は違うのだということに気づきました。

自分なりの良い距離感が取れれば、言葉の質感も変わってきます。それを探すのは時間がかかりますがつかめたら半分成功したと言っていいと思います。チューニングができないと音が聞こえない、周波数が違うと聞き取れませんよね。距離感の調整がチューニングなのです。そこに気づけたのが大きいですね。

 

 

■その時に見つけた「立つ位置」は変わってきましたか?

 

変わりましたね。初めに監督になった時は、あえて距離感を遠くしました。監督はタックルしに行かない人間ですから。ところが、それだと伝わらなくなるという問題が出てきたのです。そこで、近づいて行きながら、距離感を確かめるということをしていました。するとある時、間合いがわかってきて、それは心地よかったですね。相手にとっても心地よかったと思います。

「立つ位置」がわかって半分は成功に近づいたわけですが、残りの半分は実際の経験ですね。コーチングのノウハウとして、テクニカルスキルとヒューマンスキル、二つありますが、テクニカルは若い人のレベルの方が圧倒的に高いです。情報収集のノウハウ、通信機器の使い方とか入手先とか。でも、ヒューマンスキルと噛み合わないとダメなのです。思いやり、我慢強さ、折り合いのつけ方、人間的の成熟度、それらのバランスはきわめて大事です。

 

 

■ご自身のコーチングはどのように変わってきましたか?

 

経験によるものが大きいです。中学からラグビーを始めましたが、中学生の時にとにか

く楽しかったことが、高校で急に厳しくなって戸惑いました。

当然、高校になれば練習量も増え、厳しいと嫌になるものですが、その心理は需要と供給のバランスによって変わります。「やらなければならないこと」が「やりたいこと」を上回ると楽しくなくなります。差し引いて「やりたいこと」が少しも残っていなければ、やる気が失せます。いかにして「やりたいこと」を増やすかが大事です

もし「やりたいこと」がわかっていない時にはどう供給すればよいでしょうか。小中学生の頃はやりたいことが圧倒的でしたが、高校に入ると一気に逆転し、意欲が低下してしまいます。意欲をどう保つかがコーチングの重要な点です。やりたい量を増やすために、一人一人を見ながら、どこに興味があるのか、新しい興味を持たせる作業が必要となります。そうでないと、「やらなければならないこと」の量も増えません。モチベーションを落とさずに、興味を高めるところから始めなければなりません。

私も20年ぐらい前は新しいことに色々チャレンジしました。今のようなコーチングの考え方が普及していない時代ですから画期的でしたね。自主性や主体性がチームの根幹を成していて、それぞれがモチベーションを高めることができました。

 

 

■平尾さんが主将の頃、神戸製鋼ラグビー部は監督制を廃止されましたよね?

 

私が主将になる前ですね。監督制廃止の3年目に主将を継承しました。ただ、今はラグビーそのものが監督なしでは対応できなくなっています。今はメンバーチェンジがあり、それは外にいる人間が客観的に見て決めなくてはいけません。ルールの変更と共に、システムが対応せざるをえなくなっているのです。

それに、選手の成熟度が低くなっています。大人ではないというか、人間同士の関係に多様性が少ないのです。先生も親も友達になって、関係が並列化しています。そのせいで、心を鍛える場面がなくなってしまいました。

かつて、緊張や矛盾は生活の中に普通にありましたよ。うるさい親父、理不尽な兄弟がいますし、三世代が一緒に住んでいたり、近所に親戚も住んでいたりもしました。当時は、そうした多様な人間関係が築かれていて、それぞれの立場の自分がいましたし、家族でありながらも緊張感がありました。それは、子供の心を鍛えるのに役立ったのです。

それが今では核家族化して、兄弟も少ないですし、自分の部屋があって、いつでも思い通りになります。昔は、一人になるには外に出ていかなければなりませんでした。散歩に出かけたり河原に行ったり。昔と今ではこれほど環境が違うのです。今の選手は力量、技術、フィジカルも上がっているのに、人の表情を見て気持ちを察するということや、言葉の行間を読み取ることがへたになっています。

こんな現状なので、大人の指導者が必要なのです。子供の指導者はいりません。子供の集まりに大人がいて、ルールを決めてやり、しっかり評価してあげる。大人の采配をする。それが結局はコーチングになります。子供の喧嘩を父親が采配する、といった大人の采配をした時に勉強になるのです。

しっかりした基準があり、誰もが納得すれば遺恨は残りません。そういう采配をしないといけないのです。今は親の顔色を見たりして、一本筋の通った采配でないことがあります。すると、遺恨が残ります。ですからコーチの方々も色々な経験をした方がおそらくいいコーチになるでしょう。いまはテクニカルスキルに走りがちですが、ヒューマンスキル、つまり大人の采配が最後には重要になるのです。 (中編につづく)

(文:河崎美代子)

 

 

*平尾誠二さんプロフィール

 

1963年、京都市生まれ。

「ミスター・ラグビー」と呼ばれた日本のラグビー選手、コーチ、監督。京都出身。

中学時代ラグビーを開始し、京都市立伏見工業高等学校時代、ラグビー全国高校選手権大会優勝。同志社大学商学部に進学し史上初の大学選手権3連覇、史上最年少日本代表選出(19歳4か月)。同志社大学大学院政策科学総合研究科修士課程修了。英国リッチモンドにラグビー留学したのち神戸製鋼に入社。同ラグビー部で日本選手権7連覇。ラグビーワールドカップに3度出場し活躍した。

 

引退後は、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーに就任。また、NPO法人スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(SCIX)設立。

 

そのほか日本ラグビーフットボール協会理事、日本サッカー協会理事、文部科学省中央教育審議会委員などを務めた。

 

主な著書に『勝者のシステム 勝ち負けの前に何をなすべきか』『「知」のスピードが壁を破る 進化しつづける組織の創造』『人は誰もがリーダーである 』など。

 

*神戸製鋼コベルコスティーラーズ 公式サイト

http://www.fcimabari.com/

 

 

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