リレーインタビュー 第12回 上島しのぶさん(前編)

09.15

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。前回の長沼祥吾さんからバトンを引き継いだのは、スノーボードスロープスタイル・ビッグエアナショナルチームのヘッドコーチ上島しのぶさんです。

 

1998年、上島さんが長野冬季五輪にスノーボード女子大回転の選手として出場した頃、競技スポーツとしてのスノーボードは日本人にとってまだ馴染みのないスポーツでした。しかし、2014年ソチ大会のハーフパイプで平野歩夢選手(銀)と平岡卓選手(銅)が日本人初のメダルを獲得、今年の平昌大会では、同じくハーフパイプで平野歩夢選手が再び銀メダル、岩渕麗楽選手ら8名が入賞という素晴らしい結果を出しました。特に、小柄な平野選手がスーパースター ショーン・ホワイト選手に挑み、ともに健闘を称えあう姿は多くの人々を魅了しました。

 

スキー場でのキャンプに始まり、優れた競技者を育んできた上島さんですが、その間の努力と常に学ぶ姿勢が、現在のスノーボード人気と競技におけるレベルアップにつながっていることに疑いの余地はありません。

 

現在、上島さんが指導しているのは13歳から19歳までのティーンエージャーばかり。世代も考え方も異なる「異星人」のような選手たちとどうつきあい、主体的な成長につなげていくか、そしてプライベートチーム時代のお話も含めて、前・中・後編の3回にわたってご紹介します。

(2018年8月 インタビュアー:松場俊夫)

 

 

◎指導者になったきっかけについて教えていただけますか?

 

指導者になったのは2001-2年のシーズンだったと思います。今は30代中盤まで選手を続けることができるようになっていますが、当時は、30歳になる前に選手をやめた方がいいという自身の考え方がありました。ですから、長野大会の時は26歳でしたが、その後3シーズンはどうしようかなと考えながら競技を続けていました。

ちょうどその頃、一般のアマチュア選手などを集めたキャンプ(合宿)を当時のスイス人コーチとやっていた時、彼の指導者としてのコメントと自分の視点が合ってきたと感じたことがあったのです。ああ、自分でも正しいことが言えているんだな、自分の感じ方でよいのだな、と。そのことに気づいた時、「コーチになる」という選択肢が広がりました。キャンプは、アルペン競技をやりたいというスピード系の若い人から、レジャーで滑るご年配の方まで、楽しみでやっている人が対象だったのですが、引退後もこのままキャンプを継続したい、それなら私もスイス人コーチがやっていたことと同じようなことをやってみようと思ったわけです。進路に関して特に予定もなかったので、私の場合、「さあ育てるぞ!」という感じではないところから始めています。

「写真提供:Lee Ponzio」

 

◎指導者として、まずどのようなところからスタートしましたか?

 

まずチームを作り、年間8名程の選手から、ある程度まとまった金額をいただいて、シーズン中指導をする、長野で共同生活をする、というところからスタートしました。生活ができるぐらいの金額で運営する規模でしかやっていませんでしたね。借金もしませんでしたし。これがプライベートチームのスタートでした。

10年ぐらい経ったところでバブルの時代が終わり、選手たちも年間での活動が難しくなってきたので、一般のアマチュア選手などを対象にした短期のイベントキャンプなど、好きなことをやらせてもらえる程度で続けていました。その頃、トリノ五輪があったのですが、スノーボードの映像をテレビで見ていたら、初めて正式種目になったスノーボードクロスで、昔一緒に練習していたスイス人の女の子(ターニャ・フリーデン)が金メダルを取っちゃったんですよ。アメリカの選手(リンゼイ・ジャコベリス)がゴール直前で転倒して話題になったレースです。みんなで見て盛り上がっていたのですが、と同時に、日本人選手の滑りを見ているうちに「もうちょっとこうすればよくなるのに」と思っちゃったんですね。それに、テレビの解説を聞いていると「もっとこう伝えて欲しい」という気持も出て来て、「自分もオリンピックのスノーボードに関わっていきたい」と思うようになったのです。

まず、選手引退後所属していなかったスキー連盟に登録することから始めて、スノーボードクロスのアシスタントコーチから連盟の仕事を少しずつやらせてもらうようになりました。関わる年数を経て連盟の仕事が多くなってくると、今までやってきたプライベートの仕事に時間がとれなくなりますよね。それに正直、自分の中でも、トップ選手を見てしまうと、気持ちがそちらに行ってしまうのですよ。スノーボードレース愛好者の方々は好きだし、お世話にもなったし、楽しくやっていたのですが、やはりトップは違います。

 

 

◎指導することの魅力は何でしょうか?

 

やはり、変化が見えることでしょうか。言ったことをすぐにやってくれるのはトップ選手ですが、一般の方、子供もそれぞれに変化はあります。両方の指導をしていた時は、その両方を省みるようにしていました。一般の方からの反応をトップ選手の指導に生かしたことも多かったです。

また、トップ選手の指導をすることで、自分もトップの場に一緒に行くことができます。ワールドカップやオリンピックといった最高の場に連れて行ってもらえます。また、そこまでくる過程もトップレベルです。その過程があるから最高の場に来ることができるのです。高いところを目指さないと得られないもの、例えば環境や生活、気持や空気感を追っていきたいと思いました。それが私にとっての魅力です。

ですが、選手時代よりも気を揉みましたね。自分ではなく人のことですから。スタート前は自分の時よりもドキドキするんですよ。

 

 

〇ご自身の指導のスタイルは変化していますか?

 

意図的に変えるということではないのですが、変わっていった面はあります。

最初はコーチングの勉強もしていませんでしたし、自身の経験則の中で好き勝手に物を言っていましたから、当時の選手には苦労をかけました。乱暴なことも言っていたので、心労もあったかもしれません。血気盛んな頃は、選手やアシスタントコーチに対して、感情的にキレてしまうことがありましたし、落ち込み気味だとおとなしくなってしまったり、気分に左右された態度をとってしまっていた時代がありました。今の私からは考えられないと思いますが、自分本位なところがあったと思います。昔を思い出すと恥ずかしいですよ。申し訳ないことをしたなとつくづく思います。

ですが、教える対象が変わっていき、自分で学ぶようになってからは、「もっとこうしなければ」ということがどんどん出て来ました。勉強しながら変わっていったと思います。(中編に続く)

(文:河崎美代子)

 

 

【上島しのぶさん プロフィール】

 

1971年12月26日生まれ(46歳)

北海道出身

北海道立旭川東高等学校 1990年卒

SAJスノーボード公認A級コーチ、JOC ナショナルコーチアカデミー修了。

 

第18回オリンピック冬季競技大会(1998/長野)スノーボード大回転出場

2001-2010 スノーボードプライベートチーム主宰

2006-2008 スノーボードクロスナショナルチームコーチ

2008-2010 スノーボードアルペン・クロスナショナルチームチーフコーチ

2010-2018 スノーボードナショナルチームヘッドコーチ

2018-     スノーボードスロープスタイル・ビッグエアナショナルチームヘッドコーチ

 

☆ 公益財団法人全日本スキー連盟

http://www.ski-japan.or.jp/

 

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